1話 「ガイン」

  HMヒューマノイド・マシンナリーの手にしたヒート・ブレードが、敵機体の肩口に食らい付く。
  赤熱した刀身に切断された箇所から小爆発を起し、敵機が擱座かくざした。
  『掃討完了』
  最後の一機を仕留めたダフニスが、報告を上げる。
  「メソン、残敵は?」
  短距離レーダーから反応は消えていたが、ロックは隊長として、手順に従い索敵担当であるメソンに確認させた。
  『周囲10キロに動体反応無し』
  『終わりね、隊長さん』
  「撤収する」
  『もう? 少しくらい休憩取ってっても、バチは当たらないだろうに……』
  いささか性急に過ぎるロックに、恒例となったメソンの ぼやきが炸裂する。
  『そうだぜ、隊長。どうせ帰った所で、すぐに次の戦場へ放り出されるだけなんだからよ』
  刈り込んだ銀髪を掻き上げながら、パリンがメソンに同意する。
  「それは構わんが、お前達……。いくら大気圏内だからって、ヘルメットは被っておけよ」
  『堅いわねぇ隊長さんは。そんなに心配しなくても、私達がヘマする訳ないわよ?』
  長い髪を ふわと浮かせ、殊更に主張するティービー。
  『お前達。隊長に向かって何だ、その態度は』
  『うっわ、ダフニスの説教モード来た』
  『勘弁』
  『もう、ほんと、お堅いわねぇ、二人共』
  「ダフニス、俺なら構わない。……1時間だけ、休もう」
  予定された作戦完了時刻までは、回収艦が擬装を解く事はなく、従って動けない。
  どの道 回収されるのを待つだけならば、どこで時間を潰そうと、変わりは ないだろう。
  『やった、隊長 話が判る!』
  『隊長、しかし……』
  機体を降り、めいめいどこかへ駆けて行く3人を見送ってから、ヘルメットを脱ぎ、尚も言い募る通信モニターの中のダフニスを、手で制すロック。
  「ああ、判っている。だが、彼等だけじゃない、俺も……疲れているのは同じだ」
  『…………』
  隊長としてのロックの言葉を免罪符としたのか、それ以上 言葉を継ぐ事もなく、ダフニスもヘルメットを脱いだ。
  中緯度に相当する地域 故に、陽射しは弱めではあったが、狭いコクピットに長時間押し込まれていたのだ、それだけでも十二分に疲労は溜まるだろう。
  軍務経験の長いダフニスだけに、それぐらいは理解していた。

  惑星アルカディアW――
  汎銀河連盟アマリア帝国を繋ぐ航路、“回廊”上に位置する、アルカディア恒星系に属する惑星。
  この惑星の在る、銀河北辺に分類される宙域では、銀河系の ほぼ全域を支配する汎銀河連盟と、辺境に勃興したアマリア帝国の間で、激しい戦闘が行われていた。
  時に銀河歴1386年。
  戦端が開かれるや、恒星系を繋ぐ回廊は一気に戦場と化し、HMや艦艇の残骸が大量に漂う、暗礁宙域を作り出していた。
  物量で汎銀河連盟に劣る帝国ではあったが、元はと言えば連盟に加盟していた事もあり、軍事力の質の面では差は無く、量の面は兵を強化改造する事によって、均衡を保っていた。
  明けて、銀河歴1387年。
  戦局が膠着する中、戦線の後方 直ぐに位置するアルカディア恒星系で、帝国が新たに大規模な補給中継基地を構築中との報を受けた汎銀河連盟は、一戦闘中隊に戦闘宙域を迂回させ、第四惑星への降下奇襲作戦を敢行した。
  三隻の中型航宙艦に分けて詰め込まれた六つの小隊の中には、ロック・レイド率いる小隊も含まれていた。

  微睡まどろみから覚めたロックが耳にしたのは、けたたましい警告音だった。
  「――ッ!?」
  こんな騒音の中で眠りこけていたとは、自分が如何いかに疲れを溜めていたのかが判るというものだった。
  しかし、そんな思考を している場合ではない事を、通信機から飛び込んでくる仲間達の声で悟らされる。
  『こいつら、噂の双子の悪魔だ!』
  『ちょっと! 悪い冗談は よしてよ!』
  『落ち着け! フォーメーションを崩したら やられるぞ!』
  『く、来る!?』
  二つの機体が交差し、数秒遅れて、激しい爆発音が響き渡った。
  『ああッ、パリン!?』
  ヘルメットを被り直す暇は無かった。
  膝立ちの姿勢を させていた機体を、立ち上がらせるロック。
  その間にも、再び爆発音がとどろく。
  場所は近い筈だったが、木立に遮られているのか、視界の中にはHMの姿は見えない。
  いや――そうではなかった。
  (……静かに、なった。まさか?)
  そこでようやく、仲間達の識別反応が、レーダーから消えている事に気付く。
  (馬鹿な……あいつら全員を、この短時間で、だと?)
  ロックの中に当惑が広がるが、考えている場合ではなかった。
  仲間達が全員やられたとなれば、当然、動体反応を追い、次に襲われるのは自分だろう。
  ようやく思考が現在に追い付いた瞬間、ロックの機体は銃弾を浴びる事になった。
  けん制の段階なのか、命中弾は少なかったが、いつまでも受け続ける訳にはいかない。
  ロックに出来る事は、目の前の敵を排除する事だけだった。
  下手に動くのは危険では あったが、木立に隠れた所で、レーダーを誤魔化せる訳でもない。
  何より、仲間の言葉を信じるのであれば、相手は双子の悪魔だ。
  実際に双子なのかどうか、噂を聞いただけのロックは知る由も なかったが、少なくとも、この二人によって相当の被害が出ている事は、確実な情報だという。
  ここがアマリア帝国である事を考えれば、まず間違いなく強化兵だろう。
  迎撃か、離脱か、どちらを選択するにしても、数の上からも、状況は明らかに不利だった。
  これが一般機相手ならば、離脱行動を取るのに躊躇いはしないだろう。
  (やるだけ、やるか)
  噂を聞いた限りでは、この二人の機体は かなり機動性を強化している可能性があった。
  何故なら、戦場での目撃時間が極端に短いのだ。
  それはつまり、機体の稼働時間が短いという事を意味する。
  背を見せた瞬間に やられる可能性もある以上、相手の稼動限界まで迎撃行動を取るのが最適と思えた。
  (――来る!)
  思考の完結を待っていたかの様に、木立を かき分け、ヒート・ブレードを二刀流にした、近接型の敵機が突進して来た。
  敵機の速度は想定を越え、ライフルを撃つには近過ぎた。
  「くッ」
  腕部シールドで弾くのが、精一杯だった。
  一撃した敵機が離脱するのを追おうとした動きを見せたロックの機体に、ライフル弾が降り注ぐ。
  直撃弾こそ無かった代わりに、右手のライフルが直撃を受けてしまう。
  トリガーを引いても反応の無い事を確かめ、即座に捨てる。
  そして、右肩からヒート・ブレードを取り外す。
  ヒート・ブレードという装備は、一合する程度の時間しか、有効な熱量を保てない。
  一度 斬り結んだ後は、再度 加熱せねば ならなかった。
  従って、先んじて抜き放ってしまっては、本来 意味を為さない。
  だがロックは、これを“ヒート・ブレードとして”使うつもりは無かった。
  双子の悪魔の稼動限界が、どの程度なのか、正確な所は判らない。
  それでも、何とか かわし、それが叶わぬとなれば、いなすしかなかった。
  得物が無いよりは まし、という心境だ。
  襲撃は、続いていた。
  近接型の攻撃を いなせば、射撃型の ばらく銃弾の雨にさらされる。
  双子の悪魔の二つ名は、伊達では ないようだった。
  幾度目かの斬撃を、ブレードで弾くロック。
  直後、機体の右脇腹にライフル弾を食らう。
  モニターに警告が踊り、危険域レッド・ゾーンを示す領域が、着実に その面積を増やしていく。
  (だが、この程度ならば、まだ……!)
  ロックが戦闘を継続すべく、操縦かんを握り直した時だった。
  がくり、と機体が膝を着く。
  当たり所が悪かったか、右半身、いや、右脚部の駆動系を やられた らしかった。
  「!」
  再度の斬撃を、辛うじてシールドで受け止めるが、状況は致命的だった。
  左肩のバルカン・ユニットは健在だったが、元々、HM相手には けん制 程度の役にしか立たず、相手が双子の悪魔となれば、それすら意味を成すかは怪しかった。
  初陣以来、銃弾が幾らかすめようとも、毛ほどの恐怖も感じなかったロック。
  だが今、それは形を伴って、確かに迫っていた。
  (死――ぬ?)
  迫り来る敵機のヒート・ブレードが、ロックの機体を捉えようとした瞬間、最後の足掻きと ばかり、左脚部を振り抜き、敵機の腹を蹴り上げる。
  その反動が強過ぎたのか、ロックの機体は、崩落を起した周囲の地面ごと、地下へと落ちて行った。

  「ッ」
  どうやら気を失っていたらしい、と気付くのに、時間は掛からなかった。
  辺りを見回すが、薄暗い為に見通しは利かない。
  頭上はるか、落ちて来た穴から差し込む日の光だけが、存在を際立たせる。
  落下の衝撃でか、或いは戦闘中 既に、だったのかは不明だが、機体は ぴくりとも動かなかった。
  こうしていても仕方ない事を理解したロックは、脱いだヘルメットのライト機能をONにし、歩き出す。
  可能な限り急ぎ この場を離れなければ、場合に よっては要らぬ追撃を受け兼ねなかった。
  爆撃でも されようものなら、生き埋めに なるのは確実だった。
  改めて、周囲の確認をする。
  かなりの広さを持つものの、落ちて来た穴も含め、そこは天然の洞窟にしか見えなかった。
  しかし一か所、どう見ても人の手によるものとしか思えない部分が、崩れた壁面から覗いていた。
  近付いてみると、崩れた壁の向こうには、明らかに人工的に構築された地下通路が続いていた。
  他に選択肢は無い。
  意を決したロックは、地下通路へ踏み込む。
  どこかで地上へ繋がっているのか、それとも落ちて来た穴から供給されたのか、酸素の心配は無さそうに思えた。
  湿度が低く保たれていたらしく、土壁が続く割には、かび臭くはない。
  通路は、幅こそ、二人の人間が触れずに すれ違えるかどうか、という程度だったが、楽に人が通れる高さを持っていた。
  途中、幾つか十字に交差する分岐路が存在したが、どれも崩れており、進む事は出来なかった。
  敵地である事を考えれば、捜索隊が組まれる可能性は無いだろう。
  地上へ出る道が見つからなければ、それは即、このまま死を迎える事に他ならない。
  ひたひたと忍び寄る死の影を振り払うように、ロックは ただ、歩を進める。
  と――
  それまでと違い、そこだけ直角ではない、半端な角度の曲がり角が現れる。
  曲がると、道はゆるのぼ り坂になっており、一瞬、地上への出口かと期待を抱かせたが、直ぐに道は途切れた。
  だがそれは、単なる行き止まりではなかった。
  「!?」
  通路自体は崩れて塞がったものであるようだったが、その瓦礫がれきの中、場違いな人工物が顔を出していた。
  古代に在ったという、戦闘機のコクピットにも見える それは、地下深くに埋もれているにも かかわらず、まるでロールアウトしたての新品の様な輝きを放っている。
  脱出の為、何かの役に立てばと、コクピットの開放を試みるが、そもそも それらしきスイッチのたぐいが無かった。
  「遂に八方 手が尽きた、か」
  コクピットの横に もたれかかり、答えの有る筈もない地下空間で、ぽつりと呟いたロックに、しかし“答え”は返って来た。
  コクピットに光が灯り、駆動音が響き始める。
  (まさか!?)
  驚き振り返ったロックの前で、ややあって、コクピットだと思われた それが、開いて行く。
  現行の物とは仕様が違うようだが、内部が“操縦席”である事は、明らかだった。
  座った状態で、地上を向いてしまうような角度だった為、すんなりと席に滑り込む事は出来たものの、操縦桿らしき物も無く、肝心の操作方法は全く想像も付かなかった。
  そもそもが、汎銀河連盟で使われている、GHM-78以外の機体を扱った事のないロック故に、単純に他の勢力が製造した機体なのだろう、程度の感想しか浮かばなかったのだが、直後、それは覆される事になる。
  コクピット内に、唐突に響き渡る音があった。
  言語なのか、ただの雑音なのか、判然としないそれが、徐々に言語の様に聞こえ出す。
  やがて――
  「……解析終了。いかがでしょう? 言葉は通じていますか?」
  「!? 誰だ?」
  「誰、という表現は正確では ありません。私はGAINガイン。この機体に搭載された人工知能です」
  「ガイン……。人工知能、だと?」
  現在の銀河系では、アンドロイドやサイボーグといった技術が普遍的に存在しており、当然、アンドロイドには人工知能が搭載されている。
  だが、それら人工知能が“流暢な”言葉遣いを獲得するに至るには、恐らく まだ数百年は かかるだろう、と言われていた。
  技術的な事は判らないロックだとて、疑うのも無理からぬ事だ。
  「おや、御怪我を されているようですね」
  「む?」
  指摘されるまで気付かなかったが、決して小さくは ない傷が、所々に出来ていた。
  すると、脇のパネルが開き、薬剤らしきチューブが せり出して来た。
  「塗布する事で応急処置が可能です。どうぞ」
  一瞬訝しんだロックだったが、この不可思議な状況が、敵の罠ではない、とだけは感じられた。
  薬剤を塗布しながら、ロックは然るべき質問を ぶつける。
  「お前は……アマリアのHMなのか?」
  「アマリア、HM。私の記録には存在しない名称です。解説を求めます」
  概ね予測は付いた事だったが、想定通りの返答が返る。
  (やはり違う、のか)
  蛇足にも思えたが、ロックは、作戦行動に抵触しない程度の情報を与える事にした。
  「銀河歴1387年。それは、西暦もしくは統合暦で、何年に当たるのでしょう?」
  (暦法すら知らないとは、こいつは一体?)
  「西暦に……統合歴? むしろ俺の方が判らん。それはどこの暦法なんだ?」
  「地球という惑星で使用されていたもの なのですが、御存知でしょうか?」
  「……!? 地球、だと!? お前は――地球製の人型機動兵器だとでも言うのか!?」
  現在、銀河系に広がる人類の祖は、二系統に分けられる。
  大多数を占めるM13銀河人と、極少数の地球人である。
  そして、理由は不明だが、地球の存在する位置の情報は、今では失われていた。
  伝承の中の存在と言って良い。
  それを事も あろうに、この人工知能と機体は、その地球製だと言うのだ。
  ロックが驚くのも、無理はない。
  「はい。と、言いましても、地球人類に建造されたのか、という問いであれば、若干の疑義を差し挟む余地が ありますが」
  「な、何なんだ、その奥歯に物の挟まったような、不確かな物言いは?」
  「私の創造主マスターが、特殊な方だった、としか、今は申し上げられません」
  「……いや、お前が どこで造られたかは、この際 問題ではなかった。この機体は、動けるのか?」
  驚愕の連続に、肝心の“状況の打開”という目的を失念していた事を思い出すロック。
  「修復は既に済んでいます。試運転は していませんが、問題は無いと思われます」
  (修復……?)
  「そうか。済まんが ここから脱出したい。頼めるか?」
  「それでは、千年振りの日の光を浴びるとしましょう」
  「まるで人の様な物言いだな。だが助かった。地上までで いい、頼む」
  「いえ、申し上げにくいのですが、私に機体の制御権は ありません。あくまでナビゲーターですので。申し訳ありませんが、操縦は ご自分で お願いします」
  「そうなのか? しかし、俺は こんな操縦系は見た事がない。どうやって動かす、のか――!?」
  判らないぞ、と、言いかけたロックの脳裏に、何故か操作法が浮かぶ。
  (何だ? 今のは……?)
  「どうしました?」
  「! ……いや、いい。では少しの間、この機体、借りるぞ」
  「岩盤流動化率、90%を越えました。機動可能と判断します」
  ガインの言葉を受け、ロックが球形の操縦桿を握る。
  土中深く、コクピット以外の ほぼ全身が埋もれていた筈の機体だったが、事も無げに機動を始める。
  ゆっくりと浮上を始めた機体の速度を、徐々に上げていくロック。
  「あまり速度を上げますと、そのまま大気圏を飛び出してしまいますよ」
  「何?」
  宇宙空間なら いざ知らず、重力下を飛行する事が出来る人型機動兵器が存在するとは、ついぞ耳にした事は なかった。
  ましてや、大気圏を離脱する能力があるなど、誰が信じられよう。
  しかし、何もかもが規格外な機体である事をロックが思い知るのは、まだ、これからであった。


2話 「ガインという存在」

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